心理的瑕疵が発生した場合の損害賠償請求について

2022年9月9日

 昨日は、収益不動産を事故物件にしないための方策について書きました。
 本日は、収益不動産において心理的瑕疵(入居者の死亡事案)が生じた場合にオーナーは損害賠償を請求できるか、請求が可能な場合に請求できる金額はどの位なのかについて書きます。

 事故物件になると、その後しばらくの期間は新しい入居者の入居を見込めず、家賃を安く設定しなければならないことが通常であり、逸失利益が生じます。しかし、損害賠償および逸失利益を請求できる場合と、請求できない場合があります。

1.賃借人の連帯保証人、または相続人に損害賠償および逸失利益を請求できない場合
1-1.不慮の事故・火災、または病死(孤独死を含む)により事故物件になった場合
 居住者の意思により事故物件になったわけではありません。また、いわゆる善管注意義務(善良な管理者による注意義務)に反したとは言えません。

 敷金から原状回復費用(特殊清掃費用)、リフォーム費用、室内の家財の引き取りまたは処分に関する費用を差し引き、不足する金額を連帯保証人に請求することは一応可能と思われます。しかし、逸失利益の請求は、ほとんどの場合において困難です。

2022年9月9日追記:

  令和3年10月に国土交通省が公開した「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」によると、 不慮の事故または病死の場合は、原則として事故物件になりません。ただし、発見が遅れたために特殊清掃が必要になった場合は事故物件と見做されます。

※病気がちの方、高齢者には見守りサービスなどを利用することが重要です。

1-2.窃盗犯が賃借人の部屋に侵入して物色している際に賃借人が帰宅し、格闘になったことから窃盗犯が居室内で負傷し、室内または搬送先の病院で死亡した場合
 過剰防衛がなければ賃借人の意思により事故物件になったとは評価できません。賃借人において部屋のドアを常に施錠していない等の事情があったか場合は問題になりそうですが、オーナーが証明して賃借人に損害賠償を請求することは困難なことが多いと思われます。

 また、賃借人の行為が過剰防衛である場合に賃借人は相応の責任を負うのかが問題になりますが、仮に過剰防衛であっても心理的瑕疵を生じさせた原因は窃盗犯にあり、第一義的な責任を負うのは窃盗犯であることに変わりありません。それに過剰防衛であることの証明はかなり難しいです。

 特殊清掃費用およびリフォーム費用は窃盗犯の相続人に請求できますが、相続人が相続を放棄した場合には請求できません。賃借人に連帯保証人がいる場合でも、賃借人に帰責性がないので連帯保証人に対する請求は出来ません。逸失利益の請求は、ほとんどの場合において無理です。

 建物内において発生した事案であることから、オーナーまたは賃借人が加入している保険から損失をカバーするしかありません。ただし、限度額が設定されています。

※防犯対策は極めて重要です。

1-3.建物の居住者ではない者が建物に侵入し、屋上から飛び降り自殺を図り、共有部で死亡した場合
 建物全体は事故物件であると見做される余地はありますが、建物における各室は事故物件にはなりません。このため、空室が生じた場合における賃借人募集の際に、物件紹介図面に「告知事項あり」と記載する必要はありません。
 共有部に破損が生じた場合の修繕費、および共有部の清掃費用を相続人に請求できますが、相続人が相続を放棄した場合には請求できません。オーナーが加入している保険から損失をカバーするしかありません。

2022年9月9日追記:

 令和3年10月に国土交通省が公開した「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」によると、施錠などの方法により屋上に人が侵入出来ないようにしていれば、建物全体も事故物件とは見做されません。貸室についても事故物件にはなりません。なお、共有部に破損が生じた場合の修繕費および清掃費用を相続人に請求することは可能です。

2.賃借人の連帯保証人、または相続人に損害賠償および逸失利益を請求できる場合
2-1.賃借人が室内で自殺した場合
 賃借人は善管注意義務を怠ったとされることから、オーナーは連帯保証人に対し、特殊清掃費用を含む原状回復費用及び逸失利益を請求できます。逸失利益の算出についてはいくつかの判例があります。

・逸失利益は、1年間は誰も入居せず、その後に入居する方は契約期間の2年について半額で入居すると仮定して算出するべきとした判例(東京地判平19年8月10日)

・2年分の賃料差額が逸失利益であるとした判例(東京地判平13年11月29日)

総額を計算すると、賃料の1~2年分になります。
 ただし、令和2年4月から施行された新民法により、連帯保証人の補償金額には極度額が定めることが必須とされています。令和2年4月1日以降に締結または更新された賃貸借契約については、極度額を定めていないと連帯保証人に対する請求は無効です。

 過去にはワンルームマンションの室内で自殺した賃借人の遺族に1,000万円以上を請求したという事例がありますが、連帯保証人に対するそのような過大な金額の請求は、令和2年4月以降は大半の場合に不可能になります。

2-2.賃借人が、自身が居住する建物の屋上等から飛び降り自殺を図り、共用部で死亡した場合
 この場合、賃借人が居住していた部屋は事故物件と評価されます。賃借人は善管注意義務を怠ったことから、オーナーは連帯保証人に対し、共用部の破損に対する修繕費、及び逸失利益を請求できます。

2022年9月9日追記

 賃貸借契約の締結、または合意更新が令和2年4月以降に行われる場合、連帯保証人に請求される金額の上限(極度額)が契約書又は連帯保証人引き受け承諾書に記載されます。実務では、家賃および共益費の合計額の2年分を極度額に設定することが多く、オーナーが連帯保証人に請求できる金額の上限はこの極度額です。

2-3.賃借人が居室内で同居者または第三者を殺害し、または傷害行為により死亡させた場合
 賃借人が居室内で自殺した場合と同様に、賃借人は善管注意義務を怠ったとされることから、オーナーは連帯保証人に対し、特殊清掃費用を含む原状回復費用及び逸失利益を請求できます。

 問題なのは、室内で複数の人が殺害された場合です。このような場合は事件が発生した室内だけではなく、この収益不動産全体に対する嫌悪感が増大します。心理的瑕疵の程度は極めて大きいと考えられ、敷地および建物の減価分に対する損害賠償が認められると思われますが、判例がないため確実なことは言えない状況です。

 なお、加害者に賠償能力があることは極めて稀であると思われるので、損失額の全額がオーナーの負担になる可能性が高いです。オーナーが加入している保険から損失をカバーするしかありませんが、特殊清掃費用程度しかカバーできないことがほとんどであると思われます

※厳格な入居審査だけでは避けられないかもしれませんが、入居審査はとても重要です。