困った相談(その29、エレベーターの更新費用を捻出できない)

 中古の1棟マンションを購入したオーナー様からの相談です。この物件を購入した際に利用した不動産仲介会社に相談しても満足なアドバイスを受けられないとのことで、私に相談がありました。

 築35年の1棟マンションが相場より安く売られており、レントロールを参照したところ現況満室で利回りも良好であることから購入を即断し、現金一括で購入して所有権移転登記を済ませたとのことです。

 オーナーが変更した旨を入居者に連絡したところ、複数の入居者から「エレベーターの調子がおかしいので修理をして欲しい」との要望がありました。エレベーターに乗ると特定の場所で異様な音がし、さらにカゴが大きく揺れるとのことです。また、停止する際には所定の位置よりやや下の位置に沈み込んだ位置で一旦停止し、その後にゆっくり上昇して停まる感覚があるとのことでした。

 エレベーターのメンテナンス会社に調べてもらったところ、「定期検査報告の記録が見当たらない。保守点検もろくに行われていないようである。交換が必要な部品を交換せずに無理に使用し続けたことによる故障箇所が数多くある。かなり危険であり、全面的な更新を行うしかない。 更新には1千万円以上の費用が発生する。約1か月の工事期間はエレベーターを利用できない。」 と言われたとのことです。

 相談内容は「マンションの購入費用に貯金のほぼ全額を充てたことから、エレベーターの更新費を捻出できない。現状のまま放置することは許されないか。」というものです。

費用を捻出して維持するか、手放すかの二者択一

 現状のまま放置することは許されません。エレベーターは保守点検を行い、多くの特定行政庁(東京都区部では区役所)において1年毎に定期検査報告を行う必要があると定められています。定期検査報告を怠ることは建築基準法第12条第3項に違反する行為であり、同法第101条第1項第2号により100万円以下の罰金に処せられます。 

建築基準法

建築基準法第12条第3項
 特定建築設備等(昇降機及び特定建築物の昇降機以外の建築設備等をいう。以下この項及び次項において同じ。)で安全上、防火上又は衛生上特に重要であるものとして政令で定めるもの(国等の建築物に設けるものを除く。)及び当該政令で定めるもの以外の特定建築設備等で特定行政庁が指定するもの(国等の建築物に設けるものを除く。)の所有者は、これらの特定建築設備等について、国土交通省令で定めるところにより、定期に、一級建築士若しくは二級建築士又は建築設備等検査員資格者証の交付を受けている者(次項及び第十二条の三第二項において「建築設備等検査員」という。)に検査(これらの特定建築設備等についての損傷、腐食その他の劣化の状況の点検を含む。)をさせて、その結果を特定行政庁に報告しなければならない。

建築基準法第101条第1項 
 次の各号のいずれかに該当する者は、百万円以下の罰金に処する。 
第1号 
 ~略~ 
第2号 
 第十二条第一項若しくは第三項(これらの規定を第八十八条第一項又は第三項において準用する場合を含む。)又は第五項(第二号に係る部分に限り、第八十八条第一項から第三項までにおいて準用する場合を含む。)の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者 

 それにエレベーターを危険な状態のまま放置したことにより入居者が死傷した場合はオーナー様の責任になり、刑事・民事両方の責任を問われます。 

 このため、費用を金融機関から借りて更新することがお勧めです。オーナー様は物件を現金一括で購入しているので1棟マンションに抵当権または根抵当権を設定することを条件として融資に応じてくれる金融機関は多いと思われます。

 なお、物件の購入に際して事業用ローンを利用し、購入金額が融資枠ギリギリであった場合は金融機関が追加の融資に難色を示す場合があります。この場合は、残念ながら売却するしかない場合があります。 

立地が良好でレントロールに問題がなくても共用部の内見は必ず行うべき

 このオーナー様は賃貸住宅の運営を行ったことがない、いわゆる未経験者でした。不動産仲介会社の営業担当から「賃貸中の物件は内見できない。共用部の内見も必要ない。」と言われたとのことですが、共用部の内見を拒否される物件に手を出したのは失敗でした。

 売主はエレベーターが不調であり莫大な更新費が発生することからこの物件を手放そうとしたのかもしれません。価格が相場より安い場合は、共用設備の状態に注意が必要です。

「知らなかった」としても消費者と同様の保護は受けられない

 賃貸物件の運営を行う方は「消費者」ではなく「事業者」と見做されます。「知らなかった」、「説明されなかった」としても事業者である以上、追加で発生する費用の全額を補償してもらえることはほとんどないと考えるべきです。状況により裁判で争う覚悟が必要になります。

 特に「契約不適合責任免責」の特約が設けられている場合は、購入した物件において何らかの瑕疵が発見された場合でもその対処は買主が行わなければならず、買主は発生した費用の全額を負担することになります。

 共用部の内見を拒否される物件は、購入しないことを強くお勧めします。