不動産取引において、押印はなくなるのか

2021年3月16日

2020年11月13日付、日本経済新聞記事からの引用です。(リンクは掲載社の都合で切れることがあります、予め御了承願います。)

河野太郎規制改革相は13日の閣議後の記者会見で、行政手続きで必要な認め印を全廃すると発表した。民間から行政機関への申請などで押印が必要なおよそ1万5000の手続きのうち、実印など83をのぞいて押印を廃止する。法改正が必要なものは来年の通常国会に一括法案を提出する。

「国」としては、行政手続きの場面における「押印」の習慣をなくす方向に動いています。確かに住民票の交付請求や給与所得者の扶養控除等申告書(年末調整の際に勤務先に提出)に対する押印は不要であるように思います。住民票の交付を申請する際には身分証明書(運転免許証等)を提示します。また、会社の従業員が勤務先に提出する書類を従業員以外の者が勝手に記入して提出する場面は考えにくいです。

しかし、不動産取引の現場においては、押印を不要にすることが現実的に可能かという問題があります。

不動産取引の現場では重要事項説明書、契約書、覚書、領収書、敷金(補償金)預かり証、鍵受領証、委任状、入居申込書、買付証明書、連帯保証人引受承諾書等の書類を扱います。ここに掲げた書類は、全て押印が必要な書類として扱われています。

これらの書類の中には、いわゆる「認め印」の押印で足りるとされているものがありますが、印鑑証明書を添付した上で実印を捺印しなければならないものがあります。

上述した書類の中で、印鑑証明書を用意した上で実印を捺印しなければならない書類は、委任状、連帯保証人引受承諾書、不動産売買における売買契約書です。

委任状
委任状は、契約の場に本人が出席できない場合に、本人が代理人を指名して契約を代行させる際に使用します。

また、不動産売買の決済を行う際は、所有権移転登記および抵当権設定登記を司法書士に依頼します。その際には司法書士が「代理人」になりますので、司法書士が用意する委任状に実印を捺印し、印鑑証明書を司法書士に提出する必要があります。

不動産売買契約書
不動産という重要な財産の得喪に関わる書類なので、原則として印鑑証明書を添付した上で実印を捺印することが求められます。特に、買主がローンを利用して購入する際は、金融機関と買主との間で交わされる金銭消費貸借契約書との整合性(金銭消費貸借契約書には必ず実印を捺印する)を持たせるために、不動産売買契約書にも実印を捺印することになります。

なお、不動産の売買契約書については、契約書及び登記の内容により実印の捺印が不要になることがあります。詳細は契約の際に司法書士が指示する内容に従うことになります。

連帯保証人引受承諾書
本人が債務を履行できなかった場合に、連帯保証人はその債務を肩代わりするという内容の書類です。不動産の実務においては、賃貸借契約における借主が家賃を滞納した、または建物に損害を与えた場合が該当します。

2020年4月に改正民法が施行されました。これにより二年分の家賃相当額(家賃、共益費などの合計)を極度額とし、本人が債務を履行しない場合はこの金額を上限として、連帯保証人が支払うという内容が記載されます。

実務の上では、賃貸物件の借主が家賃を滞納したことから家賃を連帯保証人に請求することがよくあります。その際に、何らかの理由を付けて債務の履行を拒む連帯保証人が多いことから、連帯保証人引受承諾書には実印を捺印し、印鑑証明書を提出することが求められます。

不動産に関する書類の全てを「実印不要」にすることは極めて困難
上記の各書類について、実印の捺印が不要であるとすると、いわゆる「なりすまし」による犯罪が多発することが容易に想定できます。

不動産に関する書類の全てから実印を追放することは極めて不合理であり、社会的な大混乱を引き起こしますので、全く妥当ではありません。

実印の捺印が不要とされる書類について、サインで代用できるか
上述した他の書類以外の書類について、捺印を省略できるかという問題があります。本人のサインで良いのではないかという議論がありますが、器用な人であればサインを真似ることが出来ますし、誰が書いたのかを全く判読できない書き方をされることがあります。

あくまでも私見ですが、サインの信頼性はゴム印やいわゆる三文判より高いものの、銀行印より劣るという評価になるかと思います。サインした書類の提出が、運転免許証などの身分証明書の提示と併せて行われるなど、本人性を明確にする手段が併用されるのであれば、銀行印と同じ評価ができると思います。

敷金預かり証や領収書等の金銭授受に関する書類、通行権や土地境界に関する覚書を、サインだけで済ませることは妥当ではないと思います。これらの書類に対するゴム印や三文判の捺印は原則として不可とされており、銀行印またはそれに準じる印影の印鑑を捺印することが求められています。財産権の所在に関する内容であるからです。

このため、印鑑不要としても不動産取引の安全を確保できる代替手段(電子証明書、電子契約?)が普及するまでの間は、現状のまま、印鑑が必要であるとするしかないと思います。